2018年1月7日日曜日
お寺が大変お世話になった方が入院されたとのことでお見舞いに行ってきました。普段は絶対に人の悪口や嫌いということを言わない父がこの病院は嫌いだと珍しいことを言っていたので理由を聞いてみたところ、以前お坊さんの格好で見舞いに訪れた際にそんな格好で来るなと受付で言われたそうです。アメリカだったら裁判だな、で、病院が確実に負けるなというような出来事です。 確かに僧侶として人の死の場面に接することは多いです。ですが、お坊さんが死を運んでくるのではありませんし、お坊さんに会ったから死ぬのでもありません。もしかしたらお坊さんを見ることによって、それまで考えたこともなかった自身や親しい方の死を考えてしまうのでしょうか。もしそうであるならば、とても大事なことだと思います。自分が死ぬ間際になって「死ってなんだろう」「生ってなんだろう」って考えても手遅れかもしれないですけどね。 アメリカではとか日本ではとかあまり言いたくありませんが、日本の医療機関の多くは宗教に対する理解がとても低いように思います。アメリカの医療機関にはホスピタルチャプレンという国家資格をもつ宗教者が常駐していることが多く、入院患者、その家族、そして医療に携わる方に対して宗教行為やカウンセリングを行います。チャプレンは警察や刑務所, 学校などなど様々な機関にいます。 私はチャプレンの資格は持っていませんでしたが、宗教者として定期的に病院やリハビリ施設、老人ホームを訪問していました。また、臨終のお参りをお願いされて病院やホスピスでお参りすることも頻繁にありました。 仏教を知らない人が仏教者の格好を見て驚くことはありましたが、宗教に関係なく宗教者に対する敬意はどのような状況でも感じることができました。だから病院などでお坊さんの格好をしていて何か言われることは決してありませんでしたし、逆に良く来てくれたと歓迎されました。 一度ある檀家さんの臨終勤行にうかがった時のことです。その方はガンを患っており痛みもあったと思うのですが、私が部屋を訪れると喜んで私を迎えてくださり、涙を流しながらお礼を言われました。クリスチャンである娘さん夫婦と一緒に讃仏偈をお勤めしましたが、その方は体を起こしとても美しい姿勢で合掌し念仏されていました。 数日後その方が亡くなった際に娘さん夫婦に改めて臨終のお参りのお礼を言われました。お坊さんと一緒にお参りをしていた母親の安心感と喜びがとても伝わってきてお寺に連絡して本当に良かったと思うという旨の言葉をくださいました。娘さんとしてはとても複雑な気持ちでお寺に連絡をくださったと思います。ですが、お母様がどれだけお寺を大切にし喜ばれていたかを知っていたからこそお坊さんに来て欲しかったそうです。そして娘さんも一緒にお参りをして本当に良かったとおっしゃっていました。 もし、この文章を医療や病院に携わる方が読んでくださっているなら是非ご一考ください。お坊さんの話が聞きたいという方が病院にいるならば、お坊さんとしてお見舞いさせてください。
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2018年1月3日水曜日
今年もお寺で元旦のお参りが勤まりました。うちはゆっくりめで午後1時から。みんなで一緒に正信偈を勤めたのですが、小さな子供たちの大きな声が内陣まで響いてきてとてもありがたく味わいながらのお参りでした。 そのとき考えていたのが、一年をお寺で、お参りで始めるってありがたいことだなってことです。神社への初詣もありがたいことだと思いますが、みんな何を思って手を合わせるのかを考えてみました。たぶん(飽くまで私の憶測です)、一年を建康にとか、家内安全とか、合格祈願とか、病気平癒とか、商売繁盛等々だろうなと思いますし、悪いことではないと思います。でもこれってどれも「私」か「私に関係ある人」に関する願いで、言葉を換えれば欲望・願望の実現です。 仏教には、私(我と言います)の願望をほとけに聞かせて実現してもらうというお参りは存在しません。ことに、浄土真宗はほとけ様の願いをこちらが聞く教えです。私の願いから仏の願いへの転換です。もしも、私の願いをほとけ様に聞いていただくことがあるならば、その願いの中身はこうならなくてはいけません。「たとえ私の身がどのような困難や苦痛に落ち、永遠という時間を過ごさなくてはならないとしても、他の全てのものたちが仕合わせであり、本当の喜びにであえるならば、私は仕合わせであり決して後悔したりしないでしょう。」実はこれ、阿弥陀様が私たちのいのちの仕合わせを願われたときの言葉です。 そのようなほとけ様がいらっしゃる、私のいのちが願われていることを聞かせていただき、励ましてもらうのです。お互いに、ほとけ様の願いの中に励ましてもらう一年を過ごさせていただきたいものです。
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2017年12月26日火曜日
お釈迦様の滅後、弟子たちはそれを「死」とは決して表現せず、入滅(滅度、涅槃に入ること)と伝え残してくださいました。なぜなら、お釈迦様がそのように教えていたことと、実際にそこに「死」はなかったからです。確かに、お釈迦様の人間の体の終わりはありました。因果、因縁の教えによれば縁に依って生じているものは無常であるからです。しかし、人間の体の終わりが全ての終わりではなく、それを「涅槃」といただいていく世界があり、その生き方を実践されたのがお釈迦様という方でした。そのお釈迦様が人間のいのちの最後を迎えるとき、そこには空しさや、絶望は一切ありませんでした。 だからといって、お釈迦様は弟子や近しい方が亡くなったとき悲しまなかった訳ではありません。舎利弗尊者が亡くなったときには涙されていたと聞いています。悲しいからだと答えられたそうです。 悲しみが現前にありながらも空しく終わっていかない世界が仏教という教えの世界です。死が死ではなく涅槃といただく世界です。それは生と死の間で生き考えている私たちの知識や経験では決して分かりません。だから生と死を超えた仏さまの言葉を聞くことが大切なのです。生と死を一望の下に見通す無分別の智慧に到達され、怨親平等の慈悲を体現されている方が仏さまであり、阿弥陀様です。そこに私たちのいのちを貫いて支え導いてくださる働きを聞かせていただく。その働きを南無阿弥陀仏と言うのです。
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2017年11月6日月曜日
お釈迦さまは二度、涅槃に入られました。一度目は三十五歳のいわゆる成道(悟りに到達すること)の時、二度目は人間の肉体が滅びる八十歳の時です。肉体をもったままの涅槃は有余涅槃、肉体のない涅槃を無余涅槃と言います。肉体がある限りは苦痛や限定が生じてくるので、無余涅槃の方がより完全な涅槃と言えるでしょう。 お釈迦様は生涯に於いて二度の重要な供養を受けたと言われました。それはそれぞれの涅槃の前に受けた食事の供養を指しています。最初の涅槃の前にはスジャータという村娘から食事の供養を受けました。苦行では悟ることはできないと気づかれたお釈迦さまは、禅定に入られます。その際にスジャータは甘いミルク粥を供養しました。それがあったからお釈迦さまは悟りを開けたと言ってよい供養でした。 もう一度は鍛冶屋の息子チュンダからの供養でした。チュンダの供養は八十才を迎えられたお釈迦さまに対してされたもので、年齢によって体が弱っておられたお釈迦様は、チュンダの供養した食事を召し上がって食中毒になってしまいました。食事の中のキノコが原因ではなかっただろうかといわれています。自らを責め嘆くチュンダのことを案じ、人間の肉体の死を目前にしたお釈迦さまは弟子たちにスジャータとチュンダの供養のすばらしいことを話されました。 「私は生涯で二度の忘れられない尊い供養を受けた。一度目は尼連禅河のほとりでスジャータに受けた供養であり、二度目はクシナガラーのチュンダの供養である。二人の供養によって私は涅槃に入ることができたのだ。」
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2017年10月31日火曜日
2017年10月25日水曜日
最近、利井明弘先生の言葉が思い出され、改めてそのお言葉を味わっています。 「死ぬ覚悟ができるのが浄土真宗の信心とちゃうで。死んだらお浄土の覚悟ができるのが浄土真宗の信心やで。」 いつ死んでも良いという気持ちと、死んだらお浄土なんだという気持ちは、似て非なるものですね。
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